疾患の特定分子に作用する薬の設計・選択が可能に
ヒトゲノムプロジェクトの成果として、ヒトゲノム塩基配列の大半が明らかになり、ゲノム情報を元にした創薬が行われるようになりました。
それと並行して、創薬研究の基盤となる新しい技術(コンビナトリアル・ケミストリー、ハイスループット・スクリーニングほか)も発展してきました。
ゲノム情報をベースにして疾病の原因を遺伝子レベルで解明し、それに対応する薬をつくり出す「ゲノム創薬」の大前提となる考え方は、「疾患の大半は、遺伝子の差異および遺伝子の損傷で生じるタンパク質の変異によるもの」というものです。
そのため、原因となる遺伝子やターゲットとなるタンパク質の絞込みが重要となります。その方法として、網羅的な遺伝子発現解析(DNAチップ)や、網羅的なタンパク質発現解析(プロテオーム解析)、塩基配列中に存在する1塩基の差異の解析(SNP解析)などが行われます。
疾患に関連する特定の生体分子を突き止めて、その分子に特異的に作用するように設計・選択された薬が近年、オンコロジー領域で注目を浴びている「分子標的治療薬」です。分子標的治療薬として使用されるものには、抗体医薬、核酸医薬、低分子化合物などがあります。
抗体医薬は、免疫システムを利用した医薬品のことで、免疫グロブリンを治療薬として用います。がん細胞に特異的にに発現する抗原を標的とした抗がん剤や、リウマチ治療薬がその代表で、ヒト化抗体の作成が可能になったことにより実用化が進みました。基本的に特異性が高く、免疫反応に起因する反応を除けば、毒性が低い点が大きなメリットです。
核酸を治療薬として用いるのが、核酸医薬で、その作用機序によってアンチセンス、siRNA、アプタマーなどに分類されます。いずれも疾患に関連する遺伝子の発現や機能を抑制することで作用を発揮します。
低分子化合物を用いた分子標的治療薬の対象となる疾患は、主に悪性腫瘍、脳神経疾患、免疫系疾患、生活習慣病などです。抗がん剤としては、タンパク質リン酸化酵素阻害剤、血管新生阻害剤などがあります。白血病原因遺伝子産物の一つであるBCR-ABLを標的としたイマチニブ(グリベック)、上皮成長因子受容体(EGFR)を標的としたゲフィチニブ(イレッサ)がその代表です。
しかし、これらは標的分子依存性のがんには有効ですが、そうでない場合は、有害な副作用が見られることもあります(ex:イレッサ薬害訴訟)。そのため、医師は慎重に患者を選択し、綿密な投与計画を元に投与を行う必要があります。